雑記-氷室冴子『プレイバックへようこそ2』
氷室冴子『プレイバックへようこそ2』を読み終えた。
大人として生きていく上で、男としても背筋を正す、刺激を受ける文章がいっぱいにあって、手元に置いて読み返したい一冊になった。電子書籍になっていないので、古本で巡り会えるか…。
小説や、そのあとがきに、そして本書のエッセイを読んでいて強く思うことは、氷室冴子という作家は、自身の培った教訓を読み手に惜しげもなく読み物、表現物へと昇華し、その恵みから読み手自身が考えて様々な方向へ行けることに背中を押す、先導者としての役割を果たしていたんだなということ。もっと著作を読んでいかないとな。読みます。
*
印象に残った箇所を引用する。前後の文脈を入れないと意図が分からないと思いつつ、そうすると全文引用になってしまうので、かい摘みにて。
一つ目は「あまりにも絵に描いたような男と女のケンカの、典型」から始まる、
男女関係についての作者の意思がストレートに伝わってきた箇所。
スパッと己の懐を斬られる一種の快感と、本当にそうだよな、男女関係、人間関係に於いては、と姿勢が直る感覚を得た。
わたしが、ひとりの男のコと、たとえ友人関係にしろ、
(このヒトは、いい男だ。ながく、おつきあいしたい)
と思うか否かは、
(このヒトは、わたしに母親役をさせないだろう)
という感触があるか、どうかによる。
わたしは恋人か、あるいは気心のしれた、共感しあえる友人になりたいのであって、生みもしない、いいトシした男の甘えを許すだけの母親になりたいわけじゃないのだもの。母親になりたいのなら、ちゃんと子どもを生みます。女優の沢田亜矢子さんみたいに。
70,71ページ
二つ目は平安女流文学について一説を打つ中での、紫式部、『源氏物語』についての考えを開陳している箇所。
『源氏物語』を読みたい気持ちはあるもどこから入ろうかまごまごしっぱなしの俺が、変に構えなくても良いのかな、と思えるようになった、なのでそろそろ読み始めたい!数年前に一巻を買って数ページ読んで敷居が高いかも?と置いている谷崎源氏から読んでみます。
紫式部というのはかなりリクツ屋の性格をしていて、さらにいえば、結果を重視する傾向がある。けっこう、即物的なんです。清少納言は男性的な性格で、紫式部は女性的と思われてるようだけど、ぜんぜん逆。紫式部は、かなり男性的な性格してます。
というのは、源氏の原文よんでるとわかるんだけど、ひとつの物語を語るときに、まず、新聞でいうところのリード-見出しみたいな感じで、ずばっと、エピソードの主題を語っちゃうんですよ。
(ふたりが出会ったのは、そんな頃であった)
みたいな、ひどく単純化したテーマをだしておいてから、やおら、舞台設定のこまかなディテールを、ビジュアル効果にきくばりしながら、ツメてゆくという段取りになってるのです。
源氏君と、それぞれの女君の出会いの舞台は、いつもいつも、なまなかでない工夫があって、季節、衣装、時刻、宮中行事、あらゆる面で効果的な計算があるのです。
「源氏君と女君の出会いパターン」というタイトルだけで、卒論がひとつできるくらい。
そこのあたり、現代でいうとユーミンににてる。恋はもう既定のもの、問題は、その故意を成立させるための背景に力点がおかれてるわけね。
165,166ページ
雑記 - web連載で読んでいるマンガ一覧
ブログの期間が3ヶ月空いてしまった。
もうゴールデンウィークの時期だ。仕事が落ち着かないし、これからもおそらくしばらくは忙しい見込み、読んだものについて出力したい気持ちはあるので、休みで書き出せるように、日々で元気を貯める、そのために何が出来るか考えてみる。
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2026年04月時点のweb連載で読んでいるマンガ一覧。
今読んでいる連載ってどれくらいあるんだっけ…と把握したくなったので、書き出した。
2018年11月、2022年10月に書き出してみたものを読み返すと、長期連載はやっぱり少ないものだなと思った。途中で離脱したものもあるけど、ギャグ、コメディ系は離れていないな。
それにつけても、ハードなストーリー系、バトル系の作品に欠片も関心がないのが分かるラインナップだ。
◯コミックアライブ( 毎月27日 )
・春野友矢「ディーふらぐ!」
・上村夏樹 + 里井こしょ「うちのメイドがクラスの好きな子に似ている」
◯コミック電撃大王( 毎月27日 )
・sanorin「僕の彼女はデッカワイイ」
◯コミック電撃だいおうじ( 毎月27日 )
・うかみ「ガヴリールドロップアウト」
◯コミックゼノン( 毎月1日 )
・のりしろちゃん + 魚住さかな「オタクに優しいギャルはいない!?」
◯GANMA!
・りょん「地雷なんですか?地原さん」
・すずゆき「盛りあがらないデート」
・九目「私のいいなり執事がこわい」
◯サンデーうぇぶり
・豊林サカネ「ふたりバス」( 毎週月曜 )
・窪中章乃「あの子は騎士」( 毎月25日 )
・くさかべゆうへい「かくかまた」( 毎週月曜 )
◯マガポケ
・氏家ト全「八乙女×2」( 毎月第2金曜 )
・雁木万里「妹は知っている」( 毎週木曜 )
・裏谷なぎ「屋根の下のアルテミス」( 毎週土曜 )
◯コミックメテオ
・ユキヲ「邪神ちゃんドロップキック」( 水曜 )
・ぜろよん「異世界エルフ村のおまわりさん」( 水曜 )
◯くらげバンチ
・帯屋ミドリ「今日から始める幼なじみ」( 火曜 )
◯webアクション
・松田舞「放課後帰宅びより」
◯ガンガンONLINE
・ブルーアーカイブ + 水あさと「ブルーアーカイブ ゲーム開発部だいぼうけん!」( 日曜 )
・138ネコ + 草中「ギャルに優しいオタク君」( 水曜 )
◯週刊コロコロコミック
・山鷹景「ダウナーお姉さんは遊びたい」
◯トーチweb
・三島芳治「児玉まりあ文学集成」
◯ニコニコ静画
・はるばーど + 生倉のゑる「ダウナー系お姉さんに毎日カスの嘘を流し込まれる話」
・マツモトケンゴ「地元のいじめっ子達に仕返ししようとしたら、別の戦いが始まった。」
・瑠璃いろ「おとなりのダウナーさんは無理させない」
・ケンノジ + 藍原るりえ「今夜コインランドリーで逢いましょう」
・戸田大貴「彼女管理中につき」
・はれやまはれぞう「ぽんドロイド! はまさん 」
・餡実ツキ「桃草さんがものぐさすぎる!! 」
・すけろく「王子様の友達」
・ぶしやま「このサキュバスなんか太い」
・古賀亮一「ニニンがシノブ伝ぷらす」
Amazon Kindle Unlimited で「コミックアライブ」「コミック電撃大王」「コミック電撃だいおうじ」「コミックゼノン」を読んでいる、他にマンガの1巻等が入っていたら読んで、 続きが気になった作品は購入して、最新刊の続きを掲載誌や配信アプリで読む、というサイクルはすっかり確立した。
作品の購入は honto の電子書籍で、クーポンやポイントを活用して定価の1 - 3割引で読んでいる。
紙で読みたい、置いておきたい、となる作品はよっぽど思い入れのあるものにしかならなくなってきた、そこですずゆき「盛りあがらないデート」1 - 3巻を紙で買ったのは、 今一番、これからも好きな作品だからなのだろう。
連載しているGANMA!の有料プランに加入して先読みを読むか検討中、他の作品で読むものが増えると良いな。
雑記 - 西澤保彦『方舟は冬の国へ』
西澤保彦『方舟は冬の国へ』を読み終えた。
作中で言及されているように、荒唐無稽な道具立てに、懐疑と推論から錯綜していく現実、どういう結末を--破綻か、昇華を迎えるのだろうか…と思いながら読み進めての、最終話、最後の2節で全部持っていかれた。
終盤に開陳された死者の残留思念、神の意識へのチャンネルを接続する、といった誇大妄想に聞こえる内容を踏まえて、どこまでも考えられるようであり、和人、理香、玲衣奈、離れがたい結びつきが出来たこの三人が生きてその未来へ進みたい、という意思として読みたい気持ちあり、こんな破格の家族ものがあって良い、となったのだった。
連載作品として、細かい粗は幾らでもあることを踏まえてどんどん進めていく勢い、あとがきにあるように第一話の後に連作パズラーから路線変更したのが作用していた。
またこのキャラに会いたいな、という気持ちがある、良い作品だ。
ノベルスの表紙、ラストを思うと、こうであってほしい、こうなっている、と強く願う、じーんとなる…。
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西澤保彦の作品、『麦酒の家の冒険』『方舟は冬の国へ』を続けて読んだ。
会話文での句点の使い方や、本題からズレてでも徹底する恨み節の描き方に、強めのクセを感じるものの、約20年前に抱いたほどの苦手感は無し。
匠千暁シリーズは読み進めていく、ということで『解体諸因』を読書中、他の作品も手を伸ばす予定。
気になっていた作品を読んで良かったな。
雑記 - むんこ「花丸町の花むすび」3、4巻
むんこ「花丸町の花むすび」3、4巻を読み終えた。
3巻で中心的に、衛との縁結びまで描かれたこともあるけど、完結巻となる4巻にて、コマにちゃんと姿はあるのに、花子の影が限りなく薄かったのが引っかかった。
彗から見る、兄の衛と花子との子、結の家族と、自身の恋やそのもっと先を描く、そこから見えるものが、完結巻の中心となっていることは伝わってくるし、その内容はじんわり染みていって良かったが、作品としてこれでええんかなあ…という気になるのは、時間の経過と共に各々の状況や中心が動き続ける、そこでの継承が、作者のいつもの形になってしまったなあ、この作品を現す特色が見えなかった、という手応えの無さにあるのだろう。
タイトルにあるように著者の作品 - 花丸町で生活するキャラたちのクロスオーバーが作品の要素の一つとして図られており、それらの作品の時間軸から少し先かなり先でキャラが息づいている様が描かれているのを読むと、一層、メイン格の衛と花子、特に花子の影が薄く見えたのが、明るく大雑把な性格が前面に立っていることを考慮しても、3巻で描き終わってしまったのかな…という印象を持った。
書いていることが纏っていないと思う、なんとももどかしいが、著者の作品「だから美代子です」以降、作品がどういう風に始まってもキャラたちが広い所へ拡散して手の届く範囲で愛情を確認するという形で収まるんだろう、という予測が先に立ってしまって、作品を楽しめていない感じが個人的にあるのだった。
みんな異様にテキパキしているのも、スーパーマン的というより、作風が洗練していった結果で幅が無くなってきているような感もして…「だから美代子です」は分岐点だったなあ。
そう思うと、無駄な要素満載の「まりあ17」をちょくちょく読み返すのは、取り付く島もないとは感じていないからなのだろうな。
作家の長期的な活動による洗練に読者がついていけるか、入れ替わりの時期か、ということもあるのかな。「花丸町の花むすび」、一から再読してまた思うことがあるだろうから、その時を待ちます。
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非日常、超常的な事象、展開へ行った「だから美代子です」「出会ってしまったツルとカメ」( 対照として個人感の結びつき、日常生活を過ごしたいという様が浮かび上がっているのはお見事 )、最初から最後まで飄々さが貫かれた「おんぼろ花ハイム」と、竹書房からの近作があまり合わなかった -- 読み返しを行う気が湧かないところに、むんこ作品のある種の集大成 - 作品、キャラのクロスオーバーと時の経過が打ち出された今作もさほど合わず、著者の作品を追う過渡期に入ったとつくづく思う。
「らいか・デイズ」では骨格標本に憑依したキャラが準レギュラー格で登場していたことがあり、その登場回数が増える毎に、著者の作品に追いて行けない感が深くなってきたなあと振り返りそう思う。
いろんな愛の表現…なのかは分からないけれど、要素が唐突というか意外が過ぎて、咀嚼できないまま作品の良さがぼやける印象を持つようになったのだ。
著者の作品が合わなくなってきたなら、去るか、理解できるように読解を続ける、そのどちらかが選択肢として近いだろう、積んでいる最近作を読んで、考えていく。好きな作家で、約20年、作品を読んできただけに、今後もできれば追っていきたいんだけれども。その時々での判断は、他の作家、作品同様に、行うのが、読書。
雑記 - 村上春樹『若い読者のための短編小説案内』
村上春樹『若い読者のための短編小説案内』を読み終えた。
村上春樹が講師、伝道師の立場になって、日本の、第三の新人に属する作家を中心に、短編小説とその作家の出発と傾向等から描かれているものを、受講者との質疑応答を挿みながら読み解いていく、その読み解き方の視座が、深く広く、別のテーマとなりうる要素が出てきた場合はその旨を言及して テーマを進めていく、という具合に纏められていて、読みやすく、そして取り上げられている短編小説自体を読みたい、好きになって読むことが出来るような気がして、とても良い案内の書だった。
やはり安岡章太郎の小説は読まないといけないようだ、読もう。晩年の作品『カーライルの家』が気になっているので、一足飛びでもそこへたどり着きたい。
小島信夫「馬」の読解、小説自体が作中の家の増築同様に組み立てられているのではないか、そこから、不可思議な告白がそう見えなくなる、というのにいたく感心した。短編小説で一番好きかもしれない「馬」、そういう読み方にて無意識に思っていたことがまた現れてくるのかも、読み返しをいつ行おうかな。
読んだのはソフトカバー版で、文庫版には新たな序文と丸谷才一「樹影譚」の回にて注記が付されているようだ。そちらも読む予定。
以下は長谷川四郎「阿久正の話」の回より引用。
引用箇所だけを読んでも、前後の流れを含んでの意味がある、ということに留意しつつ、この箇所から、小説が軋む所を目撃したい、ということを喚起したので、引用する。そこを読むことが、小説を読む醍醐味の一つと俺は思っている。
なにも喜怒哀楽をいちいち描く必要はないんです。そんなもの全部すっぽかしたっていい。ただしそれは伝わってこなくてはならない。それを読者に伝えられない小説は、やはり一流の小説とは言えないでしょう。僕もそう思います。「最近の小説」のことは僕にはよくわからないし、この話のテーマではないのでパスしますが、一般的に言って、どれだけスタイリッシュに小説を書いていこうと前もって決心していても、書いているうちに内部から否応なく湧き出てくるものというのはやはりあるんですよね。それが設定されたスタイルを内側から突き崩していく。それこそが小説の与える基本的なスリルです。どんな小説だってそれがないと嘘なんです。もしそれが出てこなかったとしたら、そこが小説家にとっての限界の線です。
212、213ページ
雑記 - 2025年のまとめ
2025年のまとめを行う。
ここ数年はブログでは出来ていなかったので、来年以降も行って、振り返るが出来るように、次につなげられるように、書き留めておく。
○2025年読書
読了数 : 96冊
・マンガ : 58冊
・小説 : 16冊
・エッセイ : 7冊
・書籍 : 12冊
・競馬 : 3冊
[ 2025年に読んだ印象的だったマンガ ]
・萩尾望都「ポーの一族」
・はんざき朝未「無能の鷹」全8巻
・河合克敏「とめはねっ!」13、14巻
・清野とおる「「壇蜜」」1巻
・ケンノジ + 藍原るりえ「今夜コインランドリーで逢いましょう」1巻
・すずゆき「盛りあがらないデート」1巻
去年は93冊、今年は体感でも読んでいないなと思っていたけど、大分減っちゃったな。
このままで行くと来年はもっと減りそう、積読を眺めるでなく手に取るようにしたいが、著者の作品から心が離れているとなんとも…。
この名作を読むことが出来て良かった、「メリーベルと銀のばら」はまた読み返したい、氷室冴子による解説 - 堪能の仕方も印象に残った。
来年は、2016年以降のシリーズ作品を読んでいこう。
13、14巻を約10年積んで、もっと早くに読んでおいても良かったなというのと、
作品への興味は一度も途切れなかったから最後まで読むことが出来たという思いあり。
なぜその字を書くのか、どういったスタイルを持って紙の前へ臨むのか、己の心にとことん向き合って今その時の答えを表現していくおもしろさが、巻を重ねる毎に浸透してきて、改めて、読めて良かった。
すずゆき「盛りあがらないデート」
今一番更新を楽しみにしているマンガ。
灰田さんに黒井の一挙手一投足がかわいすぎるんだよな…。距離を詰めたいという行き方はそれぞれで、でもそこへ行きたいことに変わりはないというのが愛らしい。
1巻は6話まで所収、現在の最新話が26話で、コミックスの続刊が待ち遠しい、
GANMAプレミアムに入るべきか、たぶん来月は入っている。
25話での黒井の( 酔いの中での )灰田さんへの評とそれを受ける様にはあてられて、続きがますます楽しみになるのだった。一押しのマンガです。
https://ganma.jp/web/magazine/moriagaranai
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[ 2025年に読んだ印象的だった小説 ]
・阿佐田哲也『麻雀放浪記 4 番外篇』
・氷室冴子『月の輝く夜に/ざ・ちぇんじ!』
・氷室冴子『なんて素敵にジャパネスク』2巻
・氷室冴子『海がきこえる』『海がきこえる Ⅱ アイがあるから』
・北村薫『夜の蝉』『秋の花』『六の宮の姫君』『朝霧』
氷室冴子の作品を読み進めた一年だった。
夏に「海がきこえる」の映画をリバイバル上映で観て、作品や著者をもっと知りたくなっててビジュアルブックや放映当時のムック、イラストブック等も読み、
そこにあるパワーにあてられて、よりもっと作品を読んでいこうと思った。
エッセイも読んでいこう。
『なんて素敵にジャパネスク』2巻、
ラストの吉野での雪原にて広がる瑠璃姫の心情と高彬との対話、極上の小説であり少女マンガを読み終えた気持ちがどっ、と舞い降りて、良いものを読むことができた。
これが氷室冴子の筆力なのだと感服…。
そろそろシリーズの続きを読み進めていこう。
北村薫『円紫さんシリーズ』を読み進めることが出来たのも大きな喜びの一つだった。
20年くらい積読にしていて、今年の5月に短編でも良いから小説が読めないかなと思って『空飛ぶ馬』を手に取り、そこから一気に『朝霧』まで読んだ1ヶ月の充実した読書時間は忘れがたい。読書に費やした日々の通勤があんなに一気に過ぎていくとは…。
『朝霧』では、ページをめくりながら、ああ読み終えてしまう、終わらないでほしい、でも「私」の次の感情が紐解かれていくのが気になる…と思い、最後の一行にたどり着いた。この時ここから自分の考え、人脈、コミュニケーションをもってどういったことを行えるか、それは時の流れの中で結果獲得していった賜物なのだと思えた。その結晶のような作品群を読めた充実感が今も続いている。
『太宰治の辞書』はとっておきとして寝かしている、こちらもそろそろ読んで、さあ何を思うか、楽しみ。正ちゃんは出てくるだろうか。
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[ 2025年に読んだ印象的だった書籍 ]
・木村幸治『馬は知っていたか スペシャルウィーク・エルコンドル...手綱に込められた「奇跡」の秘密 』
・浅田次郎『勇気凜凜ルリの色シリーズ 全5巻』
・小林信彦『生還』
・中川一徳『メディアの支配者』上下巻
・『氷室冴子 没後10年記念特集 私たちが愛した永遠の青春小説作家』
・『漫画家本vol.6 あだち充本』
書籍は22冊読んだ。
浅田次郎『勇気凜凜ルリの色シリーズ 全5巻』と氷室冴子関連の書籍で半数を占める、もうちょっといろんなものを読みたい。
小林信彦『生還』を春に読み、冬を目前にした時に高齢の父の入院対応があって、今も続いており、『生還』での治療を受ける側の視点を読めて、こういう捉え方があるのかもしれない、と考えながら対応しているのは、なかなか得難いものだった。
父との会話や、これからの自分の可能性を思いながら等、生活を支えることにいろいろ考えが浮かんでは消えて、まずは出来ることを行う。
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今年の目標に掲げた以下2項目は、今年も達成できなかったので、来年も掲げる。
積読して10年以上、そろそろ、流石に、読みたい、読む。
・ガルシア・マルケス『百年の孤独』を読む
・ジーン・ウルフ『新しい太陽の書』シリーズを読む
同じように目標に掲げていた向田邦子や幸田文の作品を読むは、買うに留まったな…読もう。
全体としては、もうちょっと本を読もう、読む環境を整えていこう、という具合。
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父が秋に入院して、来年のどこかで退院した後、どういった態勢で介護を行っていくのかは現時点では不透明な状態、自分ひとりで抱え込まえず、行政機関や周りの方へ相談して行っていけるようにしたい。
物事は変わり続けていくというのは、仕事でも生活でもひしひしと感じる。
疲れた時は一服したり休んだりして、その時々にかかる負担を極力少なくして過ごしていく。
一定期間無理が出来る年齢は過ぎたので、一日ごとに質良く手を動かせるように努める。
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また次の一年を過ごせますように。
来年40歳になる、40代…想像つかないが、次の1年、10年、その先をちゃんと生きていけるように、
本を読んでレース観戦して眠って力を蓄えよう。
雑記 - 西澤保彦の訃報にふれて思ったこと
今週、西澤保彦の訃報を見て、西澤保彦作品との接点を書き残したくなったので、書いてみる。
と言っても、読んだのは『七回死んだ男』と「もつれて消える」、長編1作 短編1作だけしか読んでいない。
最初に浦賀和宏「PK」目当てで購入したメフィストで「もつれて消える」を読んで、よく分からない内容とねっとりした文体に何かちょっとこれは…という印象を持ってしまった。
少し期間があってから『七回死んだ男』は、読んだはず、というくらいに印象がない、ネタバレをもらってから読んだわけではないと思うが、おもしろかったともつまらなかったとも、感想がない。
そこで作品の読書は途切れている。『七回死んだ男』、俺は読んだんだろうか?買ったのと読み始めた記憶はあるが、話を理解できなかったのか、途中で読むのを止めたのか…。
『完全無欠の名探偵』『麦酒の家の冒険』『依存』『方舟は冬の国へ』等、表紙、あらすじ、世評からそそられる作品があったけれど、手に取らずじまいで20数年過ぎて、著者の訃報を知る。
2002年に読書を本格的に始めて、講談社ノベルスにふれる機会が多かった中で、西澤保彦作品にハマらなかったのはなんだか不思議ではある。出会いがまずかったのか、めぐりあわなかったのか、時々上記で挙げた作品を読もうかなと思い、ついぞページをめくらず…。でも手に取ってみようかと思う。次は良い出会いかもしれないのだ。
西澤保彦の文章で印象に残っているのは森博嗣『冷たい密室と博士たち』の解説で、理知的な筆致に、こういう読み方があるんだ、と導かれた感を覚えている、読書のほぼ初期に読んだはずなので、作品も解説もセットで憶えている。そういう経験があるから、もっと読めるはずなんだよな。
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振り返ると、西澤保彦作品に限らず、今も昔も遅れてきた読者という感じで…。
みんなだいたい読んでいる本をだいたい読んでいない( 内容を読めていないも含む )、一定の層で御用達となりつつある作家に背を向ける、これはこの後もそうかな。
それはそれでどうともしようがないので良しとして、初めて読む作品は俺にとって新作という気持ちで読んでいる。
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訃報関連のポストから、講談社ノベルスの書影を多く見て、それらが刊行されて約25 ~ 30年の時が経過しているのを思い、今は主流ではなくなった形態への追憶なんていうものが降ってきた。ノベルスの棚を見て歩く、ということをいつしか行わなくなっていたな。紙の本を手に取るといろんな記憶が流れ出してくる、電子書籍のパッケージを見返すとそうなっていくのかな。結局は思い入れなのだろう。












