暗闇のほとりで

読んでいる本についてつらつら書いています

雑記-芦奈野ひとし「ヨコハマ買い出し紀行」1 ~ 8巻、古井由吉『半自叙伝』、読んでいるweb連載マンガ、等

 芦奈野ひとしヨコハマ買い出し紀行」の読み返しを始めて、現在8巻の辺り。

 1巻毎に、読み終えて裏表紙を見、値段を目に入れてちょっとおどろく。大体420 ~ 470円、今だとあの厚さではプラス200円くらいするんだろうか…約25年前が初版。

 じっくりと読み返すのはたぶん今回が初めて、変わりゆく景色と人の成長、佇む自分、抗いようのない時の流れに対峙してのモノローグが、初読の約17年前とはまた別の実感を伴って身体を行き渡った。前に行くのは、なんやかやで楽しい。

 

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 読みかけの本たちを手に取り、ページに目を通すもしっくり来ずを繰り返している内に、古井由吉『折々の馬たち』を読んだ流れでエッセイをもうちょっと読みたい気持ちがあることに気づき、古井由吉『半自叙伝』を読み始める。

 戦時下に生まれ、空襲の恐ろしさ - いつやって来るか分からない、来るまでの間に緊張と弛緩を絶えず過ごさなければならない辛さ - 等、戦争体験から始まる自叙伝で、今この時に読む、その緊張が合うのは、憂いをつとに感じずにはおれず…、少しずつ、大事に読み進める。

 

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 2022年10月時点のweb連載で読んでいるマンガ一覧。

 今読んでいる連載ってどれくらいあるんだっけ…と把握したくなったので、書き出した。

 4年前に同様に書き出してみたものを読み返すと、その頃と比べて本数は半分くらいになっていて、やっぱりそんな感じになっているか…と改めて認識。新しいものを追えていないのが数に現れていて、もうちょっと読みたいところ。

 雪尾ゆき「この契約は恋まで届きますか?」の更新が待ち遠しい、コミックスが出たら買おう。

 

少年ジャンプ+
・水あさと「阿波連さんははかれない」( 隔週日曜 )
・へじていと + 山岸菜「全部ぶっ壊す」( 毎週日曜 )
・雪森寧々「久保さんは僕を許さない」( 毎週水曜 )

 

○マガポケ
・ゆずチリ「きみとピコピコ」( 隔週日曜 )
・ナナシ「イジらないで、長瀞さん」( 隔週火曜 )
・三簾真也「幼馴染とはラブコメにならない」( 毎週火曜 )
・ひととせひるね「どろぼうちゃん」( 毎週火曜 )
・船津紳平「東大リベンジャーズ」( 毎週水曜 )


○コミックメテオ
ユキヲ「邪神ちゃんドロップキック」( 隔週(?)水曜 )


くらげバンチ
・帯屋ミドリ「今日から始める幼なじみ」( 隔週(?)火曜 )

 

コミックゼノン

・のりしろちゃん + 魚住さかな「オタクに優しいギャルはいない!?」( 月間 )

 

ヤングエースUP
・長岡太一「帰ってください! 阿久津さん」( 毎週月曜 )


○コミックNewtype
古賀亮一ニニンがシノブ伝ぷらす」( 毎月第4金曜日更新 )


○サンデーうぇぶり
ひらかわあや「帝乃三姉妹は案外、チョロい。」( 毎週土曜 )
ありま猛「『あだち勉物語』~あだち充を漫画家にした男~」( 月間 )

 

○マンガクロス
桜井のりお「僕の心のヤバいやつ」( 隔週火曜 )

 

ニコニコ静画
・東ふゆ「顔に出ない柏田さんと顔に出る太田君」
・りょん「地雷なんですか?地原さん」
・MIGCHIP「メスガキのいる喫茶店
・森井暁正「百合のあいだは悩ましい 」
・雪尾ゆき「この契約は恋まで届きますか?」
・天那光汰 + いつき楼「おひとりさまでした。 ~アラサー男は、悪魔娘と飯を食う~」
氏家ト全「八乙女×2」
春野友矢ディーふらぐ!
・うかみ「ガヴリールドロップアウト
・村中悟「俺の姉の行動が尊い。」
・六志麻あさ + 業務用餅「追放されたチート付与魔術師は 気ままなセカンドライフ謳歌する。」

 

 

 春野友矢ディーふらぐ!」は Amazon Kindle Unlimited で掲載誌「月刊コミックアライブ」最新号を発売日に読めるので、まずそちらで読み、約10日後にニコニコ静画で掲載されたものをコメント付きで読む、ここ数年で一番楽しみにしている連載マンガ、会長のかわいさが天井知らずでラブコメ戦線に殴り込み、この先一体どうなっていくんだ…次回は11月末、楽しみでならない。

 

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 10/23(土)はアイドルマスターシャイニーカラーズ「283PRODUCTION UNIT LIVE MUGEN BEAT」1日目を配信にて視聴、精一杯にやりきる、エネルギーを放つ姿に元気が出る。SHHISのパフォーマンスを見ると、早くG.R.A.D.の実装が待たれる…。

ストレイライトの圧倒的なパフォーマンスに、ただただ体を委ねる、いつかソロライブがあると良いな。

 

 

雑記-武田百合子『富士日記』下巻、古井由吉『折々の馬たち』、等。

 武田百合子富士日記』下巻を読み終える。

 引用二つ。

414ページ

 今年の夏も無事に終った。だんだん夏が短くなるように思える。 今日、私が雨に濡れて戻ってきて、台所の床で滑って溜息をついたら、「お帰りなさい。ご苦労さん。俺、何にも手伝えないから、トラが一人で大活躍」などと、 ねぎらってくれるのだ。あの人は食堂の椅子に腰かけてこっちをみながら。そんなことは言わなくてもいいのに。私は一人でこうしていると、のどがつまってくる。

 夫・武田泰淳の病状が日に日に思わしくなくなる中の、ここのやり取りに、読んでいるこちらも自身の身近な記憶たちが思い起こされ、胸が詰まる。

 

383ページ

 三時にタイヤキを食べるとき「タイヤキがこんなにうまいなんて知らなかった。何でも馬鹿にしたもんではない」と、私に訓示を垂れる。私は「生れてから、一度もタイヤキを馬鹿にしたことはない」と言う。

 読んでいて妙なユーモアにふふっと笑いを誘われてしまった。俺も一度も馬鹿にしたことはないな、タイヤキ。良い返しだな…。

 

 日記を書き留め、読んで追憶する、そうしたい意思は始めた時には強く意識していなくても、追々、生活が変わっていくごとに意味が帯びていく、読み返しては懐かしいその人たちの姿が立ち現れるから、やっぱり書いておいた方が良い、と思う。

 そんな事を考えながら、大岡昇平『成城だより 付・作家の日記』を読み始める。文学 / 物語理論に言及している箇所はこちらに素養がないのでちんぷんかんぷんで読み飛ばし気味、また引っかかるときが来たれば当たるだろう。

 

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 古井由吉『折々の馬たち』を読み終える。

 「雨の中山 芋の月」内にある「澄んだ目で」の、競馬場で馬券を買う風情が読んでいてなんだかもう、たまらないものがある。

 競馬場に行くと、いつでも来ているような老人の姿が見受けられ、レースごとに二、三百円ずつ、うしろからのぞくとなるほどおもしろい馬券を買っている。私もいつか隠居ということができたら、あれをやりたい。となると、いまのうちから、あのやり方を、タシナンでおくべきか。

 

…(中略)

 

 それからゆっくりと窓口に行き、例の老人(あるいは老人たち)の姿を思い浮かべながら、連勝を二点だけ、ちょっぴりずつ買った。三頭選んでおいて馬券は二点、一点はわざと抜いておくところなどは、聖人の道といえるぐらいなものだ、とひとり悦に入った。

 この金額ならのどかにレースを楽しめる、いつでも、こうありたいものだ、とスタンドに早めにもどってレースを待った。こういう時は、心のほうも澄んでいるものだから、見こんだ馬はたいてい来る、しかし入るのは、どうせ、抜け目のほうだろう、と淡々と思いながら。ところが二点のうち、千八百円あまりのほうが、ズバリ来てしまったのだ。

 シマッタア-いや、はしたない。本格的に買っていればよかった、と呻く心をかろうじて呑みくだすと、その底からほのぼのと、いやあ、こういうものですよ、欲がないので見える、見えるから来る、来てもちょっぴりしか買ってない、つぎに欲が出る、目がくらむ、たくさんつぎこむ、これを幾度くりかえして来たことか、と喜びがとめどもなく湧いてきた。

 本当に、馬券が当たる、心が浮いて次につぎこむ、たまに大きく出られてこその的中馬券を手にする時もあるから、その未来がちらついて厄介、しかし、すんなりと馬券が当たった時の喜びは、引用のように、いつになってもかけがえない。

 馬券での喜怒哀楽、現役、引退馬の今を生きる様を直に目にしたり、過去のレースでの走りぶり、相手馬との競り合いを思い返して、感情が動いていき、巡る歳月を馬、レースとともに重ねていく様が、自分もこうありたい、と一競馬ファンとして強く思うのだった。また競馬場で、パドックとスタンドをうんうん悩みながら行ったり来たりして、レースを観たい。

 それにつけても、「優駿」誌に掲載された連載やその他競馬関連の文章について、完全版を読みたいところ…古井由吉全集がいつか出る時、そのすべてを読んで、古井由吉を通して競馬という空間に放り込まれたい。出版社への希望を投書すれば良いのか、今後の刊行物でのハガキに持続してリクエストするか…連載を通して、1980年代後半 - 2010年代後半の競馬を、達人の目からまた見通したい。

 

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 ここのところ明晰夢を見る日がぽつぽつとある。疲れを取ることにもっと向き合わないといけない、と考える。精神的にキツイと感じるのも、過度の心配、怯えから来ているような感はあるので、心を和らげる手立てを少しでも加えていきたい。浴槽に浸かることからかな…。読書してリラックスできているのは実感している。

 

 

 

 

 

雑記-矢作俊彦『引擎/ENGINE』『悲劇週間』、古井由吉『折々の馬たち』、ひらかわあや「帝乃三姉妹は案外、チョロい。」1、2巻、等

 小説を読みたい気持ちが湧いてきて、矢作俊彦『引擎/ENGINE』を手に取り時間があればぐびぐび読み進める感じで昨日読み終えた。

 終盤にかけて、ファム・ファタールの超人さにやや追いて行けない感じになって、読むのを何日か休んだりもしたけれど、事態の速さと大人の手管で処理しつつ巻き込まれていく描写に乗って、いよいよ最終ページにたどり着き、游二によるファム・ファタールとの反転となるお別れ、何も残さないエンディングがこの小説にふさわしく、本を閉じると、映画館でこの『引擎/ENGINE』という映画を観てエンドロールを見届け席を離れて外へ出る、そんな気持ちにふとなった。

 冒頭に記載されている大藪春彦への言及やネット上の感想を読んで、大藪春彦作品に興味を持った。いつか読もうと思っていたけれど、この読書が契機として、『野獣死すべし』『蘇える金狼』『汚れた英雄』『血の来訪者』等を読んでみよう。

 

 『引擎/ENGINE』を読み終え、もうちょっと矢作俊彦作品に浸かりたいなと思い、積読棚より『舵をとり 風上に向く者』『夏のエンジン』『悲劇週間』を取り出し、長編で行こうと思い『悲劇週間』を読み始める。

 「ぼく」 = 堀口大學20歳、やや青臭い一人称の語りと矢作俊彦という作者名に面食らいつつ、随所に矢作俊彦の流麗な言い回し、会話や思いの切り返しが出ていて、このマッチングもまたアリだなと思いながら読み進めている。ここも楽しい時間を過ごせそうだ。

 

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 古井由吉『折々の馬たち』を読み進めている。

 収録されているのは1985、86年に『優駿』で連載された「馬事公苑前便り」、去年刊行された『こんな日もある 競馬徒然草』に所収のものと比べて一回の分量が多く、その時々のレースだけでなく、住居の近くにある馬事公苑での景色、心情風景、また牧場へ寄った時に見かけた種牡馬繁殖牝馬たちの生き生きとした様等、読み応えがまた異なっていて、一編一編噛みしめるようにゆっくりと読んでいる。

 

 パドックでは最後に目を見る。これは馬の目のことだ。いかった、凄みのある目、条件戦では、それがいいように思う。しかし重賞からビッグレースまであがると、深く澄んだ感じがよろしいようだ。それに力がひそんで、ときにきらりと輝き出る、と来れば申し分ないところなのだろうが、私の好みとしては、落ち着きの中にそこはかとなく不安の色を漂わす、いくらか心細げな目を選ぶ。

 古井由吉『折々の馬たち』82ページ、「なま見えの楽しみ」より引用。

 引用箇所は「なま見えの楽しみ」の節「パドックでは」の締めにあり、この「パドックでは」の内容、実感が迸っていて良い…。

 パドックで馬の目を見る、というところまでは意識していなかったな、面構えを見るはしていたけれど、そうか、目か、と読んでいて妙に腑に落ちるものあり、映像でどこまで情報を得られるか、と引きつつ、明日、パドックでは頭に置いてやってみよう。

 「なま見えの楽しみ」では序盤の65 - 70ページにシンボリ牧場でモガミとパーソロンを見た時のことについて詳述されており、モガミの行く行くはこの牧場のボスは俺だ、という様を認めた文章を思うと、この末尾にある馬力、威勢を見るは、まずはの必須条件、そこから先は総合力と洗練なのだと改めて。目に物語が宿る、運命の趨勢を見る、確かにその通りだ。

 

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 サンデーうぇぶりにて「土曜日の更新作品ランキング」でひらかわあや「帝乃三姉妹は案外、チョロい。」が1位となっているのを見かけて読み始め、ラブコメ好きな自分にとって終始ニマニマできる作品ですっかりハマる。

 1、2話を読んでからすぐに1、2巻を電子書籍で購入して読み、未刊行分から最新の配信回までを含めて何度も読み返し、そう、優を含めて全員チョロいんだ…!壁なんて自分から作っていただけで見えない穴を突かれて心が良い方向へ開放されたのならあとは大切な人へ表現するばかりなのだ、そんな感じで三姉妹同士でコミュニケーションをしているのが読んでいて気持ち良い。

 10月発売予定の3巻は長女 一輝のデート回が収録、まさに変身というべき一つの壁を打破するためのお話、これも読み返したい、良い作品に出会えました。

 

 

 

 

 

 

www.sunday-webry.com

 

 

 

 

雑記-8月以降の読書

 前回の記事から1ヶ月程度間が空いた。

 読書はしていたけれど、仕事で考えることが多く、頭と体、全身がくたくたで書き留める気力と体力が湧かず、そのまま時間が流れていった。少しずつでも書き留めておきたい、という気持ちはあるので、またこうして書いてみる。

 

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 8月以降の読書を振り返ると、とにもかくにもあだち充の作品を読んでいたことに尽きる。

 夏、甲子園の季節、ということで「H2」文庫版 全20巻の幾度目かの読み返しを行った後、未読だった「クロスゲーム」に手を伸ばしてみようと思って電子書籍で読み始めた所、気づけば「KATSU!」「いつも美空」「QあんどA」も読み終えていた…。

 「クロスゲーム」の試し読みをサンデーうぇぶりにて行い、これは一気に読もうと電子書籍で購入して読み終え、他の未読作品に食指を当てていると、サンデーうぇぶりでのポイントが結構残っていることに気づき、消化も兼ねて「KATSU!」を読み、掲載誌を買っていた頃に冒頭の数話を読んだきりだった「いつも美空」「QあんどA」を読み、近作で未読は「アイドルA」「MIX」となった、ポイントは尽きかけ、「MIX」は電子書籍で購入して読んでいく予定、電子書籍で昔の作品に気軽にアクセスできる便利さに感謝する。

 「H2」「クロスゲーム」「KATSU!」「いつも美空」「QあんどA」を立て続けに読んで、内容や指向性がいずれも同じではないから比較するものではないけれど、「H2」の長さ、構成が抜きん出ていることを再確認。お色気の描き方は、ツッコミがあるにしても今この時に読むと流石にキツイものがあり、最新作「MIX」ではどうなっているか、そういった面も気になるようになった。「QあんどA」では回を追う毎にその方面のツッコミが強めになっていたかのように思う。

 

 個々の作品の感想は以下となる。

 

 ・「クロスゲーム」全17巻・・・そこへ辿り着くための締めくくりが良いと思いつつ、青葉がより表舞台で活躍する姿を見てみたかった気も大きくある、そこは別の作品に期待した方が良さそうだ。

 

 ・「KATSU!」全16巻・・・連載時に身の回りのことでいろんな事情があっての幕引きとなったらしく、その詳細は「漫画家本vol.6 あだち充本」に当たってより感じ入るしかなさそうだが、もっとつづきを読みたかった、ということに尽きる。香月の夢のバトンタッチは切なくもその表情を見るに吹っ切れている感じが伝って、そういう形がしっくり来た。この作品は何度も読み返すことになりそう。

 

 ・「いつも美空」全5巻・・・変わった道筋のままやや駆け足で結末へ、時々きらりと光る情景とそこにいた死者たちとのやり取りが頭に残る。

 

 ・「QあんどA」全6巻・・・マンガに於けるお約束、くすぐりネタを詰め込みまくってのメタで昇華しているのが一種のお手本のような、こう描いていく人が少なくなっているのを知るような、楽しくもうら寂しさを感じつつ、締めくくりへの加速そしてあのオチへ、サンデーうぇぶりでのコメント欄にあったように、独り立ちするためにそれまでを意識して前向きな言葉で歩いていったラストが、オチにちょっと呆気に取られるも、きっとあれで良い。あだち充作品では珍しい部類に入る、主人公への好意をストレートに熱く伝えてくる忍も印象的だった。

 

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 その他、読んだものを列挙する。

有吉弘行『お前なんかもう死んでいる プロ一発屋に学ぶ50の法則』

オジロマコト「君は放課後インソムニア」7 ~ 9巻

幾花にいろ「イマジナリー」1 ~ 2巻 / 「あんじゅう」1巻

雨隠ギド「おとなりに銀河」1 ~ 4巻

桜井のりお「僕の心のヤバいやつ」7巻

・帯屋ミドリ「今日から始める幼なじみ」4巻

・三簾真也「幼馴染とはラブコメにならない」1巻

小林信彦『コラムの逆襲 エンタテインメント時評1999~2002』

武田百合子富士日記』中巻

 

現在は武田百合子富士日記』下巻を読書中、残り200ページを切ったところ。

そろそろ小説を読むのに戻りたい、それが心身のバローメーターになっている感じはある。

 

 

 

 

 

雑記-武田百合子『富士日記』上巻、博「明日ちゃんのセーラー服」2~10巻、沢田研二の楽曲、等

 書籍は武田百合子富士日記』上巻を読み終えて中巻へ、橋本治『二十世紀』上巻をぽつぽつと読み進める。乗代雄介『本物の読書家』は停止中、週明けから再開したい。

富士日記』での事象とそこでの感情について直截な書きぶりに思わずギョッとなってしまうことはあるも、日記だからそう書いている方が当然だろうと思い、としても読み手へぎらりと目を向いているかのような光加減に息を呑む。

 

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 4月に1巻を読んでから間が空いていた博「明日ちゃんのセーラー服」を、そろそろ読もうと思って水曜日に2巻を買って読み、こりゃ一気に読まないとあかんと思い最新10巻まで購入し、帰りの車内から休日を使って読み終える。幸せなひとときを過ごせた。

 内容の瑞々しさ、清冽さにきりりとなったり、様々な心と通じ合わんとする時の嬉しさにこちらもほっこりとなったりと、グッとくる瞬間が毎巻幾度もやってくる読み応えが素晴らしい。

 そして、読んでいてこちらも何か手を、体を動かして物を作りたいという気持ちにさせる著者独特の表現がぶっ刺さった。明日ちゃんだったら、この人達だったらこういう表現をするだろう、いかにしてそのイマジネーションを形にするか、ということに最大限奉仕して表現をしているというか、時としてマンガであまり見たことのないページ構成 - 1ページ1コマを重ねる、コマ割りを無くして体の動きを流れで見せる、等 - を躊躇なく放つのを読むに連れて、まずその表現を目に入れて体感するのが無上に楽しく、そして、真のオリジナルを生み出そうとしている著者へ敬意を抱くと共に、自分も何か一つそんな表現を行ってみたいという、恐れ多くもそこから道が拓くような、そんな視野が広がっていく爽快感がこのマンガにはあるのだ。

 真のオリジナルを生み出そうとしている、という指向性にて、表現の手法や絵柄は異なるが、この著者と楳図かずおは似ている、という認識になった。こんなにオリジナリティのあるマンガだと思わなかっただけに、知らず最新刊まで駆け抜けることができたのは幸せだった。続きが大変楽しみです。

 

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 橋本治『男の編み物、橋本治の手トリ足トリ』にて沢田研二「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」のカバーがセーターのデザインになったカットを見たりした影響か、

沢田研二勝手にしやがれ」「カサブランカ・ダンディ」「TOKIO」「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」を延々と聴いている。しばらくは続きそうだ。メロディに乗って、すごい色気にやられている感じ。歌詞もまた、その時代での批評眼を含めて考えると、いろいろため息が出る…。

 日に日に阿久悠の偉大さを如実に知る、文化の享受。今を知りつつ、70年代の文化や流行に目を引かれるのはなんでなのかな…気になっている作家の脂が乗ろうとしている時期だからなのか、時代性に目を瞠るべきものがあるからなのか、それを知ろうとしてその時代の本や曲、映像に手を伸ばすことになるのだろうな。そこから80年代をより知ろうとしていきたいのだ。そこに渦巻いていたパワーを、いろんな立場を通して体験することにより、自分の中で認識を定着させたい、そういう気持ちが今は強い。なのでぼちぼち読んでいきます。

 

 

 

 

読書雑記-橋本治『ああでもなくこうでもなく 「日本が変わってゆく」の論 』、乗代雄介『本物の読書家』、むんこ「ゆあまいん」等

 読書を再開した橋本治『ああでもなくこうでもなく 「日本が変わってゆく」の論 』を読み終えた。感想はほぼ前回書いた通りのまま、そこに鈴木宗男野村沙知代が入ってきて、その存在の仕方や成り立ちについての橋本治の見解に、そういう見方があるのだなと感じ入る。それらの回は繰り返し読んで、自分なりに人、事象の見方を鍛えていくことになるのだろう。

 続きの『戦争のある世界 ああでもなくこうでもなく 4』へすぐに行かず、同著者の『二十世紀』を読んで、一九世紀 - 二十世紀を振り返り、『ああでもなくこうでもなく』で書かれている「二十世紀に遺ったことをいかに対処していくか」ということをより明確に捉えたい。

 他に『男の編み物、橋本治の手トリ足トリ』をざっと読み通し、初心者へ教えるに当たっての目線や意識についての箇所を、今後の参考としよう。手取り足取り教える前に、どういうことを行いたいかが見えるようになっていないといけないな…。

 

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 乗代雄介『本物の読書家』や山本一生『書斎の競馬学』を読み始めるも、平日は仕事の疲れで読書はままならず、週末からようやくエンジンがかかる。本を読んでいると精神的に回復が進んでいることを実感する。

 『本物の読書家』の表題作に出てくる関西弁の男の会話文が、身の回りにいる人の像となって喋っているような感覚で読むことになって、目と耳とでその会話を体感してありがたいような、逃れ難いような、不思議な気持ちになりながら読み進めている。

 それにしても『十七八より』に続いて自意識の詰め込み方に見せ方がぎゅうぎゅうで段落を読み通すごとに息継ぎが必要な感じ、これも大変な代物だ…と思いながら、休み休み手に取る。

 

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 久しぶりにむんこ「ゆあまいん」を読み返して、時に激甘時にビターで夫婦のような初々しい幼馴染カップルの様に悶絶となる。「幸せな蛇足」とはよく言ったもので、「まい・ほーむ」は結末がずんと残るなかなか読み返しにくいものだけに、互いにこの相手だから幸せが続くことを確信するこのお話は、何度も読み返してしまう。適切に背中を押してくれる友達は超大事だよな…その友達の姿を見て、「まりあ17」全3巻を読み返したくなったので、読もう。

 

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 少年ジャンプ+より温井雄鶏「姫はアツく握る」の黒田硫黄ライク( 読み応えはそこからまた違う方向へしっかり飛んでいる )に驚きながら読み終えたり、マガジンポケットで今まで読んでいなかった連載のいくつかをお気に入りに追加したり、シャニマスの二次創作で「あさくら猫になる」のマンガがしみじみかつ笑えて良かったりと、コミックス以外でいろんなマンガを読めて満足できた一週間だった。世に出てきてくれてありがたいことだ。

 

 

 

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読書雑記-小林信彦『コラムは笑う』、金井美恵子『本を書く人読まぬ人 とかくこの世はままならぬ PARTⅡ』など

 小林信彦『コラムは笑う エンタテイメント評判記 1983~88』、金井美恵子『本を書く人読まぬ人 とかくこの世はままならぬ PARTⅡ』を読み終える。

 小林信彦『コラム』シリーズはおそらく『コラムの逆襲 エンタテインメント時評1999~2002』を残すのみ、読む機会を作れると良いな。今後は映画を観る習慣をつけたいと考えているので、おもしろそうな映画を知ることができて満足。あとは観ること。

 小林信彦の著作 - 小説以外を短期間で集中して8冊読んだので、今年は『極東セレナーデ』を読んで締めくくりとしよう。来年以降は評伝を読んで、そして落語を体験したい。

 

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 途中で読むのが止まっていた橋本治『ああでもなくこうでもなく 「日本が変わってゆく」の論 』を再開する。本書は2001年の連載分が入っており、テロ、宗教、民族紛争などの複合的に要素が入り組んだ事象について、二十世紀から二十一世紀へと変わったこの年に一つひとつ分解して要素の移り変わりを見ていく文章が、今、この時に刺激を受ける。武力、人を殺傷できる力に近づきたくない、というのに親近感を覚え、それでも書きたくない原稿を書いたことに感謝しながら、読み進める。同著者の『二十世紀』も早めに読んだ方が良さそうだ。

 

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 ここのところ読んでいた小林信彦『コラム』シリーズや金井美恵子『本を書く人読まぬ人 とかくこの世はままならぬ PARTⅡ』で取り上げられていて気になった本を中心に、乗代雄介の新刊や、パラパラ立ち読みしてこれは一気に読む手と杉浦日向子百日紅』など、本屋で気の赴くままに手に取っていたら14冊、ええいままよと買った。そりゃ紙袋が重いわけだ…。

 多和田葉子の著作は前々から評価が高くて気になっていて、けど具体的な書評を読んでいなかったのでどこから入ろうかと思っていたところに、「かかとを失くして」への金井美恵子の書評から並でない期待感が積もり『かかとを失くして 三人関係 文字移植』を入手、他にカバーと手触りが良かった『雪の練習生』『百年の散歩』も併せて購入。早い内に読みたい。

 読みたい本がいっぱい、楽しい時間を得られると良いな。