村上春樹『若い読者のための短編小説案内』を読み終えた。
村上春樹が講師、伝道師の立場になって、日本の、第三の新人に属する作家を中心に、短編小説とその作家の出発と傾向等から描かれているものを、受講者との質疑応答を挿みながら読み解いていく、その読み解き方の視座が、深く広く、別のテーマとなりうる要素が出てきた場合はその旨を言及して テーマを進めていく、という具合に纏められていて、読みやすく、そして取り上げられている短編小説自体を読みたい、好きになって読むことが出来るような気がして、とても良い案内の書だった。
やはり安岡章太郎の小説は読まないといけないようだ、読もう。晩年の作品『カーライルの家』が気になっているので、一足飛びでもそこへたどり着きたい。
小島信夫「馬」の読解、小説自体が作中の家の増築同様に組み立てられているのではないか、そこから、不可思議な告白がそう見えなくなる、というのにいたく感心した。短編小説で一番好きかもしれない「馬」、そういう読み方にて無意識に思っていたことがまた現れてくるのかも、読み返しをいつ行おうかな。
読んだのはソフトカバー版で、文庫版には新たな序文と丸谷才一「樹影譚」の回にて注記が付されているようだ。そちらも読む予定。
以下は長谷川四郎「阿久正の話」の回より引用。
引用箇所だけを読んでも、前後の流れを含んでの意味がある、ということに留意しつつ、この箇所から、小説が軋む所を目撃したい、ということを喚起したので、引用する。そこを読むことが、小説を読む醍醐味の一つと俺は思っている。
なにも喜怒哀楽をいちいち描く必要はないんです。そんなもの全部すっぽかしたっていい。ただしそれは伝わってこなくてはならない。それを読者に伝えられない小説は、やはり一流の小説とは言えないでしょう。僕もそう思います。「最近の小説」のことは僕にはよくわからないし、この話のテーマではないのでパスしますが、一般的に言って、どれだけスタイリッシュに小説を書いていこうと前もって決心していても、書いているうちに内部から否応なく湧き出てくるものというのはやはりあるんですよね。それが設定されたスタイルを内側から突き崩していく。それこそが小説の与える基本的なスリルです。どんな小説だってそれがないと嘘なんです。もしそれが出てこなかったとしたら、そこが小説家にとっての限界の線です。
212、213ページ
