暗闇のほとりで

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雑記 - 木村幸治『馬は知っていたか―スペシャルウィーク・エルコンドル…手綱に込められた「奇跡」の秘密』

 木村幸治『馬は知っていたか スペシャルウィーク・エルコンドル…手綱に込められた「奇跡」の秘密』を読み終えた。

 

 掉尾を飾る大川慶次郎の章、締めくくりの、 生前に1999年 有馬記念の勝ち馬をグラスワンダーと予想していて、 没後、夫人が骨箱のそばに座ってテレビ観戦した時の情景が鮮やかに残る。最後の一文、玄関先に届いたという花束の差出人が―。

予想屋というのはねえ、訊かれる前から予想してみせる連中のことです。評論家は、訊かれてから初めて唇を開くのです」

…俺も予想屋でなく、競馬評論家でいたいと思える、 訊かれてから初めて唇を開く人でありたいと思う。

 

*

 書籍としては、裏表紙の紹介にある「レースだけではわからない、馬と人間の秘めたドラマに迫る。」その通りになっているけれど、取り上げられているスペシャルウィークエルコンドルパサーナリタブライアンレガシーワールドテンポイント蛯名正義柴田政人福永祐一、弊旗力、藤澤和雄大川慶次郎と、多岐に亘るというかこれまでふれあってきたものの結晶というか、ドラマのオムニバスという纏まり方で、競走馬、生産者、調教師、騎手、競馬評論家の題材の配置はとっ散らかった感も受けるが、一貫性は、まえがきの末尾にあるこの言葉から向けられている眼差しかなと思う。

「人間にその生存権を握られている競走馬は、他より優れた自分になりたいと強く思うことによって、人間の心に応えようとしているような気がする。」

 

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 印象に残った所を引用する。

 

藤澤和雄の章

周りの人と働く中で大事なことが説かれていると思えて印象に残った。

すぐ忘れてしまうので、繰り返し思い返したい。

「…(前略)一生懸命、そして親密に、馬たちと接した。いくら下手な英語で話しかけても、馬だけは下手糞と言って笑わなかったし、僕の話したことを理解してくれた。それがいま厩舎経営の基本になっています」

 何げなく言ったように聞こえる「馬が人間の話しかけを理解してくれる」それが「厩舎経営の基本」という言葉が、実は冒頭で言った「大事に育てる」ことと、同義語であると私は感じる。

 藤澤が自分のもとで働くスタッフに、これだけは守ってくれと、厳しく依頼していることがある。

「この馬はナマクラだ、カッカする、バカ馬だと決めつけるな、と口を酸っぱくして言っています。神経質なくらい言います。なぜナマクラをやるのか、カッカするのか、なぜバカ馬になっているのか。少なくとも人間は馬より働く脳というものを持ってるんだから、人間のほうがそれを考えろと言う。

 馬を否定的に見る態度を、僕は許しません。君の頭を使う努力が足りないからじゃないかと言う。どんな馬だって、意地悪でカッカしてるわけじゃありません。本来なら野生だった馬を競走馬にしたのは人間の都合です。ならば、人間のほうが、相手のカッカする因を取り除く努力をする。それが当然だと思うんです」

210 - 211ページ

 

 ここで特筆してよいと思われるのは、よい仕事をしてのける人が持っている出会い運の強さと、仕事を一つずつ仕上げる時のスピードについてである。

 一つの仕事を速く片付けられる仕事師は、次々に仕事にかかることで、どんどん新しい出会いを得る。敢えて言えば、出会い運を連鎖させることができる。

「仕事は、ゆっくりとなら誰にでもできる。プロなら、仕事は速くやらなきゃいけない」

と藤澤が言う所以も、そのあたりにあると思える。

211 - 212ページ

 

 

大川慶次郎の章

ここから終わりのページまで、著者の考えを極力抑えた筆致にて、ドラマを観ているかのような、生前、没後の情景を描き、締めくくりの文章へ飛び込む、その余韻に浸ることができた。こんな終わり方をもたらされることがあるのかと思うと、それはやっぱり神様の仕業なのだと思えるのだ。

「…(中略)最近の一、二年間、いつも私のあとを追いかけて頼り切っていました。半年前の夏、新潟競馬場から帰ってリビングに入って来た主人が一瞬立ち止まった姿を見て、あっ、この人、子どもに還っちゃったんだ、と思いました」

 糖尿病を気にしながら、甘いものを欲しがった。三〇年近く住んだ家の、冷蔵庫についてる冷凍庫の扉の開け方を知らなかった。

「ママ、アイスクリーム食べてもいい? アイスクリームどこなの?」

 夫人は初めて、わざと教えずにいた。夫は扉の前で、怒られた仔犬のようにうつむいたまま佇んでいた。やがて夫人が扉を開けるとうれしそうに、子どもに戻ったような顔をしてアイスクリームを取り出し、ゆっくりと舐めた。

271ページ