暗闇のほとりで

読んでいる本についてつらつら書いています

読書

 日中、地元の本屋やらラーメン屋やらを歩きまわって体力がごりごり削られる。本屋3軒寄って目当ての新刊は見つからずでしょんぼり、そんな状態でぱっと目についたものを手に取ってもそこからレジまでが遠いや。そう思ったからだけではないけれど、たくさん読む姿勢から好きなものを何度も読む姿勢に移る時期がそう遠くはないのだろうなと考える。もっといろんなおもしろいものを読みたい!という気持ちはずっとありつつ、これまでに読んだおもしろいものをより理解したい、という気持ちが芽生えているのを、積読本を眺めたり今読んでいるものについて考えている時に感ずる。
 そのための時間をどう確保していくのか、と思いを巡らす内に、自分の時間やお金の使い方の下手くそっぷりにおろおろする。下手さにあがきつづけるにしても、上手に思える時という具体的な目標が見えないから、たぶんずっと下手のままなのだろう……。
 もうその本があれば居ても立ってもいられないので読みつづける!という出会いが、これからあるのか、今までにあったのか、今週は時間があるので、涼しい部屋の中で振り返っておきたい。今本棚を見ながらざっと振り返ったら、佐藤友哉水没ピアノ』、保坂和志カンバセイション・ピース』、舞城王太郎世界は密室でできている。』、古井由吉『杳子・妻隠』が候補に上がってきた。本棚を漁れば、もっとその数は多くなるだろう。感受性が干からびることのないように生きていたい。


 森博嗣大学の話をしましょうか大学の話をしましょうか―最高学府のデバイスとポテンシャル (中公新書ラクレ)夏目漱石吾輩は猫である吾輩は猫である (新潮文庫)を読みすすめる。『吾輩は猫である』は何年ぶりかに栞を挿んでいた所から読書を再開。迷亭が出てくると会話が発生するからか読む速度がぐんと加速する。友人との会話はいつだって丁々発止、ええなあ。


 縁山「だいたいめる子」だいたいめる子 (WANIMAGAZINE COMICS SPECIAL)を読みおえる。
 奇才の名をほしいがままにする縁山の新刊を読めて、ただただ嬉しい。 うだうだかつ珍妙なやり取りがひたすらおもしろく、いつまでも浸っていたい心地よさ。
 める子のちんまいとしつつも結構な大人のお姉さんぷりと、ゆきえさんの黒髪の乙女っぷり( 中身のさばさばとしたところが尚良し )、あてなのゆるふわ自認ぶり( 「友達の友達の友達」での蚊帳の外での慌て加減にほろほろする )、この3人の織り成すテキトーな日常の様が実に良い! 2巻も楽しみ! あと、過去に掲載されたエロマンガがまとまるのも待つ!

広告を非表示にする