暗闇のほとりで

読んでいる本についてつらつら書いています

読書

 ひとまず週末にここを更新する習慣はついたようである。読書と同じく、その時の気分で書いておきたいことを書く、という指針があり、その気分をなるべく多くして読んだ時のことを書き残してゆく、ということを、これからもつづけてゆきたい。平日は、( 酷暑の今年の夏は特に )日中疲れて本は数ページを読むのが精一杯、書くのはまだまだだが、いろいろ書けると良いな。

 中原昌也中原昌也作業日誌 2004 - 2007』中原昌也 作業日誌 2004→2007を読みおえる。
 聞き覚えのないDVD、CD、書籍の膨大な量の購入記録に泥酔たる飲み歩きの日々と、小説を書くことによりどんどん心が落ち込み荒んでいく様を読んでいて、なぜおもしろいと感じるのか。 これまでに見たことのない、芸術に人生を捧ぐ姿が有りつづけているからだろうな。対象へ体当たりしてもたらされるものを文章にしてくれることの尊さがここにある。
 どこを取っても辛さが放たれているが、通して読めば、そこにこそきらきらした瞬間が自分の中にも間違いなくあることに気づくはずだろう。『死んでも何も残さない』『知的生き方教室』『中原昌也の人生相談 悩んでるうちが花なのよ党宣言』等の著作も読もう。


 津村記久子『やりたいことは二度寝だけ』やりたいことは二度寝だけを読みおえる。
 なんと真摯に、細かくどうだっていいこと(本当は良くない!)へ考察を重ねられるものだろう、と感服しながら、読んでいて肩の力はゆるゆると抜けていくのだった。
「何かちょっとだけ読みたい」その気持ちにうってつけのエッセイ集で、『二度寝とは、遠くにありて想うもの』や小説を読む気持ちはまたぐーんと高まる。
 本書の前半(と勝手に呼んでしまうが)「? 今週の検索」「? まぬけな日々」でのエッセイの多くでは、「ちゃんとしたい」頭で悩む人の息遣いが伝ってきて、ええなあ……と感じていた。読みすすめるごとに何を書いても小説に成ってゆく人、という印象が強くなってゆき、小説が生成される瞬間を読めてとても楽しかった。
 また、著者の、主題は手放さずされど横道へ軽やかに逸れて自律性で元へ戻るユーモアが、とてもおもしろく、好みだ。「小説には書けない言葉」「何者なのだアレックス」では着眼点の妙さと素晴らしい間の外し方による文章でゲラゲラ笑っていた!裏紙も出力するプリンタもしくはコピー機への想いのぶつけっぷりに、一体何があったんだろう……と変に気を揉む。『アレグリアとは仕事はできない』を読めばそこにふれられるだろうか。
 ……それにしても、大胆な表紙及びカバーであることだ。いい感じにローでおまぬけで、本文を現しているのだった。このカバーにOKを出している(であろう)著者の度量の広さにすごみを感じつつ、眺めてまた笑いをくすぐられる。良い本。

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